ど~もeagle0wlです(再)

140文字では収まらないネタを記録するブログ

夏コミ当選しました

告知

夏コミ(C108)のサークル参加に当選しました。
2日めに「eagle0wl Kracker Archive」として参加します。

日曜日 東地区 “V”ブロック-27a (東7ホール)

C108サークルカット「eagle0wl Kracker Archive」

↓詳細はこちらから(Circle.msの告知ページ、要ログイン)
https://webcatalog.circle.ms/circle/23005072

商業誌技術ライター歴20年以上の筆者によるオリジナルの新刊2冊を予定しています(余力がなかった場合は1冊目のみの頒布になります)。

1冊目は、情報セキュリティ技術者の末席を汚している筆者が物理セキュリティを学ぶために鍵師技能検定に合格した経緯をまとめた手記。

2冊目は、ゲームソフトの不正コピー対策を破る側と作る側の両方を経験した筆者による、今日のインターネットにも記録がない話題をまとめた歴史の記録。

『デジタルペンテスターが鍵師に入門してみた(仮)』
情報セキュリティ技術者でありデジタルペンテスター(世間的にはホワイトハッカーと呼ばれることもある職業)である筆者が、物理セキュリティを学ぶために鍵師技能検定に合格したいきさつをまとめたもの。悪用可能な鍵開けの技術は極力触れずに、セキュリティ思想のフィールドワークとして、物理鍵・錠前セキュリティの社会構造に感じた違和感を、業界批判ではなく構造分析として記します。

『ソフトウェアプロテクション 水面下の歴史 2000年代前半編(仮)』
ソフトウェアプロテクション(不正コピー対策)を破る側(個人活動)、作る側(商業活動)の両方を経験した筆者による、今日のインターネットにもほとんど記録が残っていない1990年代末~2000年代前半の話題を主にまとめたもの。悪用可能にならないように具体的な手法はぼかしつつ、当時のハッカーコミュニティの空気感や、コピープロテクトの解除が違法になってしまったことで、文化資産としてのソフトウェアの保存が不可能になった現状を、歴史の記録として記します。

経緯

今回、コミケのサークル参加に初応募、初当選しました。

出版不況のこの時代ですが、長年懇意にしていた出版社であるデータハウスが出版事業を停止してしまいました。アウトプットのチャンネルを一つ失ったわけですが、4月に池袋で行われた技術書典20に行ったことでインスピレーションを受けました。

商業ライター経験は20年以上あるものの、サークル主としての同人活動はやったことはなかったので、今回を期に挑戦することにしました。

告知の通り、(調子が良ければ)2冊出す予定です。私事ではありますが、2月に半分ネタで「鍵師技能検定」を受講して合格しました。調べた限りだと、鍵師(錠前師)、ピッキング(鍵開け)、鍵屋を取り扱った同人誌はいままでに存在しないようなので、今回このネタで一冊書くことにしました。

www.kagishi.com
※鍵師、錠前師は日本鍵師協会の登録商標です。今回作成する同人誌における登録商標の使用については問い合わせ済みで、回答を頂いています。

もう一冊は、私が長年取り組んできたソフトウェアプロテクションに関し、インターネット上から消えない内に何らかの形でまとめないといけないと思い、テーマに選びました。ただ、コミケには最低でも一冊は出さなければならないので、原稿の進み具合によっては見送りになるかもしれません。

これを完成させて弾みがついたら、次はフロッピーディスク時代のコピープロテクトの話を、関係者がまだ健在なうちにして取材してまとめたものを出すつもりでいます。

コミケの次は技術書典ですが、コミケまであと10週間、明日から本気出すとは言えなくなったので、今から本気出します。
詳細は決まり次第更新していきます。

RTX 5070 Ti + UbuntuでFramePackが動かないときの対処法(CUDAカーネルエラー解決)


3行で説明

  • RTX5070Ti+UbuntuでFramePackが動作しなかったので対応策を探った
  • PyTorchの最新版はRTX 5070Tiに対応しきれておらず不具合が発生する
  • CUDAとPyTorchのバージョンをsm_120対応ビルド(cu128/nightly)へ切り替えることで安定動作を得られた

発端

2025年11月ごろから、いわゆるDRAMパニックが始まった。これにより、主に高価格帯のパーツの駆け込み需要が集中して、DDR5を中心としたメモリパーツが枯渇して、次にDDR5を含むBTOパソコンが枯渇して、さらにはグラボも枯渇して、価格高騰と納期の遅延が出てしまい、パソコン市場は大変なことになっている。

かくいう私も、ゲーミング+生成AI用のマシンが欲しいと思いながらもグズグズしていたが、この機を逃すとまずいと思い、某ショップのBTOパソコンを注文した次第。決済完了から1週間後に商品ページを覗いてみたら、サイレントで7万円値上げされており、逃げ切りに成功したものの鬼畜かよと思った次第。

マシン構成

今回組んだマシン構成は以下の通り。

  • CPU:Core Ultra 7 265K
  • RAM:32GB
  • GPUGeForce RTX 5070 Ti 16GB
  • ストレージ:1TB SSD×2、8TB HDD×1(データ保存用)
  • OS:Windows 11 と Ubuntu Desktop 24.04.3 LTS のデュアル(別ストレージ)

GPUは、VRAMが16GB載っているRTX 5070 Tiを選択した。Windows 11ではSteamなどを動作させゲーミング環境を、Ubuntu Desktopでは生成AI環境を構築したいと考え、SSDを2枚用意してそれぞれインストールすることでデュアル構成にした(SSD1枚でデュアルブートすることもでできなくはないが、アップデートの際に事故る)。

生成AI系のアプリはWindows版も用意されているが、Linux版と比較するとパフォーマンスが10~20%落ちてしまうこととカスタム性を考慮して、今回はUbuntu Desktop上で動作させることにした。

いろいろとインストールしてみたが…

ChatGPT PlusとSuperGrokの助けを得ながら、生成AI系のアプリをいろいろとインストールしてみた。i2vであればWan2.2が素晴らしい。それを踏まえて、FramePackもインストールしてみようと思ったがうまく実行できず、以下のエラーメッセージに遭遇した。

torch.OutOfMemoryError: CUDA out of memory. Tried to allocate 14.34 GiB. GPU 0 has a total capacity of 15.46 GiB of which 3.06 GiB is free. Including non-PyTorch memory, this process has 12.15 GiB memory in use. Of the allocated memory 9.70 GiB is allocated by PyTorch, and 2.11 GiB is reserved by PyTorch but unallocated. If reserved but unallocated memory is large try setting PYTORCH_CUDA_ALLOC_CONF=expandable_segments:True to avoid fragmentation. See documentation for Memory Management (https://pytorch.org/docs/stable/notes/cuda.html#environment-variables)

これはVRAMの断片化が原因である。FramePackは一時的にピーク使用量が跳ね上がることがあり、16GBでもメモリ確保に失敗してエラーが出ることはある。

いろいろ設定を変えてみたら、以下のエラーに変わった。

Loaded CLIPTextModel to cuda:0 as complete. Traceback (most recent call last): File "/home/eagle0wl/Applications/FramePack/demo_gradio.py", line 126, in worker llama_vec, clip_l_pooler = encode_prompt_conds(prompt, text_encoder, text_encoder_2, tokenizer, tokenizer_2) File "/home/eagle0wl/Applications/FramePack/.venv/lib/python3.10/site-packages/torch/utils/_contextlib.py", line 120, in decorate_context return func(*args, **kwargs) File "/home/eagle0wl/Applications/FramePack/diffusers_helper/hunyuan.py", line 31, in encode_prompt_conds llama_attention_length = int(llama_attention_mask.sum()) torch.AcceleratorError: CUDA error: no kernel image is available for execution on the device Search for cudaErrorNoKernelImageForDevice' in https://docs.nvidia.com/cuda/cuda-runtime-api/group__CUDART__TYPES.html for more information. CUDA kernel errors might be asynchronously reported at some other API call, so the stacktrace below might be incorrect. For debugging consider passing CUDA_LAUNCH_BLOCKING=1 Compile with TORCH_USE_CUDA_DSA to enable device-side assertions.

PyTorchが「CUDA error: no kernel image is…」を吐いているが、これは GeForce RTX 50** 系の問題で、RTX 5070 Ti(sm_120)向けにビルドされたカーネルが無かったこと、PyTorch本体がsm_120に対応していても、CUDA拡張(xFormers / Flash-Attention)が未対応だと no kernel image になることが原因の模様。ここでは、高速化をあきらめて安定動作を図ることにした。

いろいろと試したところ、以下の変更でFramePackが安定動作した。

  • Pythonのバージョンを3.10.xにする
  • 必要パッケージをインストールし直す
  • PyTorchのバージョンはcu128(CUDA12.8向けビルド)にする
  • メモリ断片化を抑制する(例:export PYTORCH_CUDA_ALLOC_CONF=expandable_segments:True)
  • Flash Attentionをオフにする(例:export XFORMERS_DISABLE_FLASH_ATTN=1)

$ cd ~/Applications
$ git clone https://github.com/lllyasviel/FramePack.git
$ cd FramePack
$ uv python install 3.10
$ uv python pin 3.10
$ uv venv -p 3.10 .venv
$ uv pip install torch torchvision torchaudio --index-url https://download.pytorch.org/whl/cu128
$ uv pip install -r requirements.txt

以下のコマンドで現状のバージョンを確認できる。

$ uv run python - << 'PY'
import torch
print("torch:", torch.__version__, "cuda:", torch.version.cuda)
print("gpu:", torch.cuda.get_device_name(0))
print("capability:", torch.cuda.get_device_capability(0))
PY

torch: 2.11.0.dev20260110+cu128 cuda: 12.8 ← PyTorchのバージョンはcu128(CUDA12.8向けビルド)
gpu: NVIDIA GeForce RTX 5070 Ti
capability: (12, 0) ←NVIDIAのCapabilityのバージョンは12.0(sm_120)

あとは、以下の起動用シェルスクリプトを配置すればよい。

#!/bin/bash

export PYTORCH_CUDA_ALLOC_CONF=expandable_segments:True
export XFORMERS_DISABLE_FLASH_ATTN=1
export CUDA_LAUNCH_BLOCKING=1
uv run demo_gradio.py

CUDA_LAUNCH_BLOCKING=1は、GPUエラーは非同期で出ることが多く、スタックトレースがズレて「別の行で落ちたように見える」ので、それを同期化して分かりやすくする目的で入れている。

まとめ

しかし…よく考えてみると、RTX 5070 Tiを使っている以上、PyTorchを使うアプリすべて(ComfyUIなど)が同じ問題を抱えているわけだから、すべてのアプリにおいて上記の設定を入れないと安定動作が得られないことになる。

ということで、全てのアプリにおいて設定変更を実施した。私はPythonのパッケージ管理と仮想環境の実現のために uv を使用しているが、快適かつ安全に変更することができた。

現行のComfyUIはPython3.13か3.12の使用を推奨しているが、3.10でも今のところは問題なく動作している。

この状況でできることは、安定したsm_120対応xFormersが出るまで待つしかない。

今回マシンを組む際に購入した周辺機器

このヒートシンクを使っている。問題なし。

1つのキーボードやマウスを4つまでのPCで切り替えて使うことができる。しょぼいやつだと、切り替え後の認識に時間がかかったり、時折キーボードとマウスを認識しなくなることもあり、その時はマウスを新たに繋いで再起動するしか無かったのだが、これは問題なかった。あと、有線リモコンのボタンのクリック感が良い。

複数のマシンの音声出力を1つのスピーカーでまとめてしまいたいときに使える。私はアリエクで買ったが、電源アダプタはついていなかった。

このケーブルを電源ケーブルとして使えば良い。5Vで動くのでUSBアダプタと組み合わせてどうぞ。

こちらは1つの音声出力を2個所にスイッチできるアダプタ。しっかりしたスピーカーとダイソーの300円スピーカーを切り替えるのに使っている。ChipTuneだとダイソーの300円スピーカー(現在はディスコン)のほうが味が出るんですよ。

【検証記事】Steam版モータルコンバット1が、Fanatical経由で国内アカウントからでも買えるらしい

忙しい人のために3行で説明

  • ゲームキー販売サイトFanaticalで、Steam版『Mortal Kombat 1: Definitive Edition』のゲームキーが73%オフ(2052円)で販売されている(11月17日午前9時まで)
  • 日本国内アカウントにも対応していることが明記されており、確かに国内アカウントでアクティベーションに成功して、オンライン対戦もできることを確認できた
  • しかし、課金アイテムページを表示しようとすると「おま国」状態になり購入できないので、ワーナー・ブラザースが日本市場を意識しだしたのではなく、単にイレギュラーな状態なのではないかと推測

発端

スマホの通知で、Game*Sparkの記事がピックアップされたので読んでみた。
www.gamespark.jp

Steam版だと国内アカウントでは購入できないと聞いていたので、私はよりによってニンテンドースイッチ版の『Mortal Kombat 1』を購入していた。Unreal Engine 5を無理やりスイッチで動かしているため、画質も悪いしロードも遅い(ニンテンドースイッチ2の外国語版ならロードは劇的に早くなった)。しかし、今回Steamの国内アカウントでも購入できるようになったと聞いて「ついにモータルコンバットの新作が日本市場でも展開されるようになった! 地獄の門が閉ざされて久しかったEarthrealmに、ついに光が差し込んだ!」と勝手に思い込んで、勢い勇んでFanaticalで『Mortal Kombat 1: Definitive Edition』を購入してみた。その結果をここに記す。

Fanaticalでゲームキーを購入

www.fanatical.com

Fanaticalの商品ページ

ゲームキー販売サイトFanaticalで、Steam版『Mortal Kombat 1: Definitive Edition』のゲームキーが73%オフ(2052円)で販売されている(11月17日午前9時まで)。
This product activates in Japan との記載があるため、国内Steamアカウントでも有効であることが読み取れる。ゲームキーの外販サイトというと怪しいものを感じるが、Fanatical自体は怪しいサイトではない。そもそもモータルコンバットの販売元のワーナー・ブラザースがパートナー企業として名前を連ねているので、問題はないだろうと考えた。とは言いながら、安全策としてRevolutを使用して使い捨てのクレジットカード番号を発行する形で決済を行った。

ゲームキーが表示されるので、それをSteamに入力すると購入することができた。

インストールと動作確認

Steamアプリののライブラリからダウンロードとインストールを実施する。

ダウンロードとインストールを実施する

インストールは問題なくできた。ただし100GB以上あるので時間がかかる。

インストール後、ゲームを起動してみたが問題なく動作している(リーガル表示は日本語だった)。

起動に成功
リーガル表示は日本語だった。日本語の文字フォントが微妙

DLCキャラクターは全員いる。KHAOS REIGNSも選択可能。

最初から全キャラ選択可能
KHAOS REIGNSも選択可能

本作は1人用プレイであってもゲーム状態は常にオンラインで同期しているが、国内アカウントでもオンライン対戦は問題なく動作している。ただ、オン対戦にもリージョン区分があるのかはよく分かっていない。ping160msぐらいだったので海外とマッチしているのは確実だと思う。

オンライン対戦も問題なく動作した

しかし、課金アイテムを購入しようとしたところ、Steamの商品ページに飛ばされた瞬間に「おま国」表示が出て、購入ができなかった。

課金アイテム(左下のMK1:ONE TIME DRAGON PACK KITANA PALETTES)を購入してみる
おま国表示に直面。課金アイテムは購入できない!

本当に日本市場向けに販売開始したの?

ゲームを起動して確認した限りでは、一応問題なく遊べるが日本市場に完全対応しているとは言えない、という状況ではあった。もう少し詳しく調べてみる。

まず、国内アカウントでログインしているか、国内プロバイダから通信している状態では、Steam版『Mortal Kombat 1: Definitive Edition』の商品ページにアクセスすらできない。Mortal Kombat」で検索してもヒットしないし、URL直打ちでもダメ。

商品ページは「おま国」状態

Steam未ログインかつVPNで接続元をアメリカにしてみたところ、商品ページを表示させることはできた。

Steam未ログインかつVPNで接続元をアメリカにしたら、やっと表示できた

この時点で、今回Fanatical経由で国内アカウントからでもアクティベーションできたことが、偶然の産物でしかないことを悟った。

Steam DBから『Mortal Kombat 1: Definitive Edition』を探してみる。

steamdb.info

各国Steamの価格一覧を見ても、そもそも日本では値段がついていない

日本市場では値段がついていないので、未販売であることは確認できる。

日本、ロシア、韓国からは購入できない

アップデート履歴を確認したが、日本市場で発売されていた時期があったことは確認できなかった。

まとめ

  • ゲームキー販売サイトFanaticalで販売されているゲームキーは有効なものだった
  • 日本国内アカウントでもアクティベーションに成功して、オンライン対戦もできることを確認できた
  • しかし、課金アイテムページを表示しようとすると「おま国」状態になり購入できない
  • 海外用のSteamアカウントを作成してVPNを使えばいけそうだが、課金時にVPNを使って国籍を詐称するのはSteam的にはダメだったはず(同じゲームでも国によって値段や割引率が違うから)。ペナルティのリスクがあるためVPNを使った国籍詐称による課金は行っていない。
  • 課金アイテム(Dragon Krystalsでしか交換できないアイテム類)でしか手に入らない要素は概ね以下の通り

 課金専用スキンの入手、特定キャラクターのナレーションボイス入手、各キャラクターマスタリー解放(時短要素)

どうやら、過去にもモータルコンバットシリーズが日本市場でも予約できたり購入できたりしたケースがあったようだ。
bcc.hatenablog.com
bcc.hatenablog.com


それを踏まえて以下推測

  • Fanaticalは、本来日本市場を除外するべきゲーム(Region Restricted Package)を、全地域共通キー(Rest of World)として誤って販売してしまった可能性がある
  • Steamは、日本市場を配信対象から除外しているが、アクティベーションは国内からでも許可する設定になってしまっていた可能性がある
  • 今回、双方の条件を偶然満たしたせいで、日本市場でも一時的に『Mortal Kombat 1: Definitive Edition』を買えてしまったのではないか


そう思うんですけど、どうなんでしょうか。いずれにせよ、買うなら今のうちだと思います。

今後、購入したはずの本作にアクセスできなくなったり、購買記録が消えたり、ゲームプレイに何らかの制限がかかった場合は追記します。

今更感漂うニンテンドースイッチ2(多言語版)で北米アカウントを使う場合のメモ

ニンテンドースイッチ2で、ニンテンドースイッチ版の『Mortal Kombat 1』を遊んでみたのでメモ。基本的にはニンテンドースイッチでの取扱いと変わらない。

スイッチ2でも『Mortal Kombat 1』は動作するが、ロード時間が大幅に短縮され遊びやすくなっている。対戦中の画面解像度も若干上がっている気がする(それでもPS4/PS5と比べると雲泥の差だが)、処理落ちも少なくなっているが、一部表示バグは残ったまま。

ニンテンドースイッチ2の多言語版は、本体言語設定を日本語以外にできるだけでなく、海外リージョンのニンテンドーeショップ(以下、eショップ)を利用することができる(国内版のスイッチ2ではリージョンロックのため利用不可)。

海外アカウントの作成

すでにあるアカウントの国/地域設定を変えるという方法があるが、チャージしていたポイントが消えたり、ポイントが残っている場合は変更できず、サポート連絡が必要だったりするため、新規に北米アカウント(国/地域=アメリカ合衆国)を作成する方法が推奨されているが、その場合の注意事項をメモする。

海外リージョンのニンテンドーeショップの利用

決済手段として、クレジットカード・eショップカード・Paypalを選択できるが、利用できるのは北米リージョンに対応する、ドル建てのeショップカードのみ。日本で発行されたクレカは利用できず、Paypalも同様のチェックが入るため、eショップカード一択になる。

eショップカードはplay-asiaで購入する。「USA Account」用のものであることを確認する。
www.play-asia.com

ゲーム本体のダウンロード

北米アカウントで購入したゲームは、同一本体内の国内アカウントでも遊ぶことができる。ゲーム中のメニュー操作中「お住いの国/地域ではご利用になれません(2308-2006)」が出ることがあるが、無視しても問題なく動作する。

しかし、以下に示す問題がある。

オンライン対戦

アカウントごとにニンテンドースイッチオンラインへの加入が必要。したがって、北米アカウントをメインで使いたい場合は、国内アカウントでオンラインに加入していても、北米アカウントでも加入する必要がある。

ダウンロードコンテンツ(買い切り型)

北米アカウントのeショップで購入したダウンロードコンテンツは、一度ダウンロードしてしまえば同一本体であれば国内アカウントでも利用可能。

左上のKhaos Reigns Expansionと左下のMK1: KOMBAT PACKは買い切り型

ダウンロードコンテンツ(消費型アイテム)

ゲーム内通貨、およびゲーム内通貨で交換できるアンロック型のアイテム類は、同一本体であってもアカウントごとに管理されるため、それらを異なるアカウント間で共用することはできない。

ゲーム内通貨はTowers of Timeを数時間遊べば普通に貯まっていくが、課金でも入手できるDragon Krystalsに限っては、無課金で集めることは非常に難しい。

国内アカウントでDragon Krystalsを入手するには、eショップでの購入以外の方法を使うしかない。

  • Towers of TimeのWeekly Challengeを達成する

 (1週間おきに75 Dragon Krystals)

  • キャラクターごとのマスタリーランクをRank 20およびRank 31にする

 (それぞれ100 Dragon Krystals。DLCキャラクター以外の各キャラクター23人が該当するため、コンプすると4600 Dragon Krystalsになるが、非常に時間がかかる)



まとめ

・アカウント管理の都合上、国内アカウントと北米アカウントは分けたほうがいいが、以下の問題がある
・北米アカウントを使用する場合、オンライン対戦を行うには北米アカウント用に改めてニンテンドースイッチオンラインの加入が必要。単にオンライン対戦をしたいのであれば、ニンテンドースイッチオンラインに加入した国内アカウントでも対戦可能
・国内アカウントを使用する場合、Dragon Krystalsを購入する手段がないので、大量に存在する有料スキンを集めることは難しい

クレーンゲームを学術的に論じた書籍『クレーンゲーム研究』(ボトス・ブノワ著/福村出版)を読んだ

『クレーンゲーム研究』の書影

はじめに

前回のエントリでは『クレーンゲーム研究 系譜学・考現学・メディア論』(ボトス・ブノワ著/福村出版)という本をいただいたので、その書評を書いた。

eagle0wl.hatenadiary.jp

www.fukumura.co.jp

前回は書評として「全体の1/3」を取り上げたが、今回は書評スタイルではなく、残りの2/3の部分で印象に残ったテーマや、それに対する私自身の考えなどを記すことにする。

以下、本書で述べられていることおよびその要点と、私(=eagle0wl)の意見を区別して記述するようにしている。

本書で印象に残った箇所と自分の意見・感想

1990年代以降の市場の変化

本書では、国産初のクレーンゲームは1965年ではなく、1932年のケーキクレーンであるという再発見があった。既存のクレーンゲーム史においては、”国産初”のクレーンゲームが登場したとされる1965年(前述の通り実際は1932年)と、UFOキャッチャーが登場した1980年後半にブームが起きた、とされているが、ゲームセンターにおけるクレーンゲームの市場が実際に大きくなる1990年~への言及は非常に手薄だとして、その時代の歴史の再構築が試みられている。

1990年代に入り、ゲームセンターにクレーンゲームの筐体が一通り置かれ、筐体自体の需要が落ち着くと、クレーンゲーム市場は一瞬停滞する。その当時の主な景品はぬいぐるみである。当時は、クレーンゲームでしか入手できない景品というものがなかったと思うが、各社が筐体に入れる専用の景品の開発に着手すると、市場は右肩上がりに成長していく。このあたりは私自身の記憶とも一致する。

ゲームセンターのゲームは基本的には1筐体では1種類のゲームしか遊べない。つまり、世間から飽きられたらそのゲーム基板は入れ替えるしかない。近年のビデオゲームは専用筐体の割合が高く、入れ替えともなるとその費用は馬鹿にならない。さらに、オンライン対戦対応のためのメーカーへの上納金、キャッシュレス決済の手数料も考えると、ゲーム筐体を運用してもゲームセンターへの旨味などほとんどない現状がある。

クレーンゲームにおいては「1筐体では1種類のゲームしか遊べない」という点ではほかの筐体と同様である。しかし「中の景品を入れ替えるだけで、それは実質新機種になる」というクレーンゲームならではの柔軟性は、ビデオゲームの専用筐体が抱える構造的コストの高さに対して明確な対抗軸となっている。これは、ゲームセンターのオペレーションのビジネスモデルにおける重大な転換点であり、現場から歓迎される大きな要因だったのではと考えるのである(似たような記述はp179にもある)。

(年齢がバレる発言になるが)筆者の子供時代を振り返ると、クレーンゲームの筐体はデパートのゲームコーナーの片隅にはあったが、それほど注目されているというものでもなかった。それは、景品があまり魅力的でなかったことに尽きると思う(当時の景品の上限金額は500円)。もう少し自分の記憶を思い出してみると、ゲームセンター向けに改造されたプライズ機としてのパチンコを打ち止めにすると、カプセルに入った景品が払い出されるが、その当時の主な景品は女性用のショーツなど、どちらかというとジョークグッズの意味合いが強かったように思う。つまり、その頃の景品は上限金額に加え、サイズなどの制限もあり、魅力的なものを用意できなかった、と見ることもできる。

しかし、今になって20年以上前の業界紙の景品広告を見直してみると、景品のクオリティの上がり方には驚くしかない。当時のぬいぐるみはとにかく原価重視だったためか、人形のぬいぐるみになると手足がほとんどない、言い方は非常に悪いがダルマのような形状であった。

2000年前後には美少女フィギュアが登場するようになるが、これもまた言い方が非常に悪いが(現在のフィギュア審美眼では)泥人形のように感じるのである。それだけフィギュアのクオリティの進化は凄まじいのである(2008年の『ねんどろいど 初音ミク』の大ヒットがブレイクスルーになったと私は考えている)。

ぬいぐるみの大量生産と社会的批判

ここで私(=eagle0wl)が面白いと感じたのは、ゲームセンターの新たな稼ぎ頭としての頭角を表し始めたクレーンゲームに対する批判や、その当時起こった批判的なコメントを複数取り上げていることである。

1980年末~1990年前半のクレーンゲームの主な景品はぬいぐるみであったが、セガによると韓国で見つけた検品漏れのぬいぐるみを安価で入手できたことが要因とされている。

当時の景品のぬいぐるみはアジア諸国の輸入品であるが、低い生産コストの追求の結果そうなったわけで、それらの国の人件費と直結している。つまり、その頃の景品用のぬいぐるみの大量生産と流通には、アジアの安価な労働力に支えられた資本主義的生産方式であると、著者が明確に批判している点が印象深かった。

後発かつ隣接業界にはなるが、服飾業界のファーストリテイリングユニクロ)は、単に競争入札で安く買い叩くのではなく、現地に工場を建設し雇用を生み出すことで、最終的に価格と品質を兼ね備えた商品を生産できるようになっている。クレーンゲームの景品のぬいぐるみも、当初はそういう搾取的構造があったことには違いはないだろうが、やがて景品用の高品質なぬいぐるみの製造が必須となった現在では、プライズのぬいぐるみの製造もユニクロのようになっているのかが気になるところである。

また、2000年前後からクレーンゲーム専用景品として、美少女フィギュアが多数投入されるようになったが、フィギュアの製造工場にも、同じような問題(安価な労働力による資本主義的生産方式)が存在していたようなので、似たような状況がどこかしらで繰り返されていたのかもしれない。

過去に私が超有名フィギュア原型師から聞いた話では、フィギュアを製造する工場は中国の都市部から大きく離れた奥地にあり、舗装されていない道路を車で何時間も飛ばした先にあったという。その道路の脇には人間の死体が放置されているような治安で、工場がある現地は食事用の皿を洗わないような文化なので、そこで飲食は絶対にしない、とのことだった。その工場で美少女キャラの造形にショーツの白を塗っていると考えると非常にシュールである。

話を戻そう。

ぬいぐるみ欲しさにゲームセンターに女性客が急増したこと(数年後に出たプリント倶楽部の影響もある)を肯定的に捉える声が多い中、これまで男性のものだった空間に女性が入り込むことへの批判も取り上げている。(孫引きになるが)小田嶋隆によると、ゲームセンターを「孤独な男性の隠れ家」と表現し、そこに孤独を知らないカップルや少女たちが入り込んだことを「越権行為」と評している(当時のこち亀でも、ゲーセンなのに男が入りにくくなったという記述があったような…)。

UFOキャッチャー以降、景品が目線と同じ高さに配置されショーケース化した流れと、女性客の増加による男性の領域が侵犯されている点について、(日本初のクレーンゲームが誕生した)1930年代との類似点を指摘しているのが興味深い。

現在編:変貌するゲームセンター

1990年中頃から業界団体が作成した資料が充実しているため、その資料を元に様々な考察が加えられている。

その冒頭では、1990年後半から言われるようになった「ゲームセンター凋落論」について異議を呈する姿勢が明快である。実際には、小規模店舗が減少しつつも大規模店は増加しており、売上の主役はクレーンゲームにシフトしていることが示されており、これはゲームセンターの凋落ではなく変貌であるとしている(p172-)。

私はこれを読んで、ぱちんこ業界と全く同じではないかと思った。全国のぱちんこ、パチスロ店を合わせたホール数は1995年の18,244店舗をピークに毎年連続して減少しており、2024年では6,706店舗まで減少している。実際には、大型店舗がオープンする一方で、地方での中小規模の店舗が廃業するという一極集中の状況にある。事実、日本全国にあるぱちんこ、パチスロの設置台数の合計に着目すると20年以上ほぼ横這いであった(コロナ禍で大きく落としたが)。機械台数に着目すれば、業界が凋落していると断じることはできない。

全国遊技場店舗数及び機械台数(警察庁発表) | 全日本遊技事業協同組合連合会(全日遊連)
www.zennichiyuren.or.jp

ゲームセンターの話に戻すと、クレーンゲーム専門店を謳う店舗も多く見られるようになり、近年ではクレーンゲームの設置台数の日本一、ギネス記録を競うような動きも確かにあった。ビデオゲーム全盛期を生きた旧来のゲーマーであれば、クレーンゲームばかりになってしまったゲームセンターに複雑な思いを抱くだろうが、本書を読むと、クレーンゲームこそが本来のゲームセンターの姿に近いのでは、とすら思えてくる。

フィールドワークによる新たな知見

本書における2000年代からの系譜は、主に業界紙の記事分析によって構築されているが、業界の資料で得られる情報が限られている(p211)ため、根拠に限界があるとしている。そのため、著者は都内(主に秋葉原と池袋)でフィールドワークを実施して補足を試みている。

注目すべきは、クレーンゲームは他のゲーム機と異なり「店員の裁量で完成する未完成のゲーム」という点である。「(調査対象の店舗の)クレーンゲーム担当店員は全員アルバイトだった」(p257) ということから、ディスプレイや景品配置・設定はバイトが行っており、バイトの店員がゲームデザインに関与していることに間メディア性を見出している。

ここで私が知る一般論を補足しておくと、ゲームセンターの店員は店長とフロア長(複数店舗のまとめ役)は社員だが、それ以下は基本アルバイトである。

また、女性プレイヤーは交渉を通じて効率よく景品を獲得しようとするが、男性プレイヤーは技術で勝負したがる傾向があるという観察も興味深い。

以下は筆者の経験に基づくn=1の意見に過ぎないが、店員にも性差による行動の違いはあると考えている。店員に置き直しを依頼する際に、男性店員は状況を鑑みて置き方をおまけしてくれることもあるが、女性店員だとマニュアルに忠実なためか、そのような傾向が全く起こらないのである。もちろん地域差などもあると思うが。

私(=eagle0wl)がクレーンゲームに興味を持ったきっかけは、任天堂RPG『MOTHERシリーズ』のどせいさんのぬいぐるみのプライズが出たことだが、これを通じての海外ファンコミュニティと縁ができたことで、海外ドキュメンタリー『Earthbound, USA』の取材を(日本に住むMOTHERシリーズの一ファンとして)受けたことがある。クレーンゲームが上手くなる方法として「店員と仲良くなること」と回答したことがある。

↓私と海外のMOTHERコミュニティとの大きな接点。『MOTHERシリーズ』のプライズを後先考えずに取りまくっていたが、日本国内でしか入手できないということを知り、アメリカのMOTHERファンの知人に送りつけたらチャリティーオークションを提案され、fangamerとの接点ができたのだ(fangamerが東京ゲームショウに進出した際にはバイトで手伝ったことがある。大量の来客が音を立てて押し寄せる様はアリの大群かと思った)。
EB Fanfest 2010(fangamer.com)
fangamer.com

What’s the Plush Trust Fund?
eagle0wl is a Japanese MOTHER fan who happens to be good at crane games. When Banpresto started putting Mr. Saturn and Master Belch figurines in its crane games, he was there waiting to snatch them up! He sent nearly all of them to our friend Nat, who passed them along to us with the suggestion that they be used to benefit a charity.

Well, as it turns out, eagle0wl isn’t just ‘good’ at crane games, he’s incredible — he donated 67 items:
(略)
When we got the shipment, we realized that there were way too many plushies to auction simultaneously, so we decided to turn them into a ‘trust fund’. For each of the next 4 yearly EarthBound Fanfests, we’re going to auction 25% of the plushies!

理論編:間メディア性をどう捉えるか

後半に登場する「PART3 理論編」では、間メディア性に関する理論的記述が中心となる。

筆者の大意としては、クレーンゲーム自体は特定のカテゴリに属するような強い要素を持っているわけではなく、ゲームとして見た場合でも古めかしく、技術的にも時代遅れではあるため、単体で見るとメディアとして見るには非常に弱く、周囲の環境に依存していると言及している。

「PART3 理論編」では、間メディア論そのものの説明がかなり長く取られている。私はアカデミックとはあまり縁がないので(ウェブサイトで公開中の私の自作プログラムが、学術論文で引用されたことはあるが)、正直に言えば難解であり、十分に咀嚼できなかった。

自分なりに読み解いて単純化すると、クレーンゲームはコンテンツを入れる箱に過ぎないと考えている。ただの箱から特段の価値を見出すことは難しい。しかし、重要なのは箱そのものではなく、箱の中に何を入れるか、周辺で何が起こるかだと思った次第。

最後に

ここで完全な私事になって申し訳ないが、本書を読み終えたタイミングで、私の著書『オンラインゲームセキュリティ』を出版してくれたデータハウスが出版事業を停止していたことを知った。

データハウスというと、会社の経費で買われるような堅い本もある一方、どうしようもないアングラサブカル本も多く出版していた(これは売れないジャンルの本だけでは回らないという現実主義的な面もある)。私はアングラ本から入り込んだが、やがて会社経費で買われるような本も書くようになった自分の歩みを思い返すと、編集者から聞いたメディア論が忘れることができないでいる。それは「成熟したサブカルチャーの中には、さらにサブカルチャーが存在する」ということである。これが本書の主題においても言えるのではないかと感じられた。

本書『クレーンゲーム研究』は、歴史の掘り起こしから理論的考察、現場の観察に至るまで、クレーンゲームという一見軽めのテーマに対して、極めて重層的なアプローチを行った意欲作である。

本書の記述と、私自身の知見や経験と結びついたことを、ここに記させていただいた。

【書評】日本初のクレーンゲームは1932年のケーキクレーンだった。『クレーンゲーム研究』(ボトス・ブノワ著/福村出版)を読んだ

※20250801更新 『コドモノクニ』1932年11月号「ケーキクレーン」の画像を追加

『クレーンゲーム研究 系譜学・考現学・メディア論』(ボトス・ブノワ著/福村出版)の書影

『クレーンゲーム研究 系譜学・考現学・メディア論』(ボトス・ブノワ著/福村出版)という本を読んだ。

本書は、発売に先立ち出版社様より恵贈いただいたものである。私(=eagle0wl)は、ほんの少しではあるが、本書に資料協力をしていることを記しておく。本稿では、一読者としての印象を記しているが、その内容は個人の見解であることを申し添える。

忙しい方のために総評から先に書きます。

総評

本書は、ある程度知識があるはずの自分にとっても、論理展開の密度ゆえに読み応えがあった。1932年に存在していたが、歴史からは忘れられていた日本のクレーンゲーム機の話を始め、クレーンゲームの通説を覆す記述が多く見られる。そして「日本の」クレーンゲーム史においては、史実よりも勝者の歴史観が強く反映されていることを改めて感じさせるものであった。

ただひとつ注文をつけるのであれば、間メディア性という学術的文脈に基づいているため、クレーンゲーム周辺の横道に外れる記述が多く、それがある種の難解さと冗長さがあるため、読みづらさを感じた。しかしながら、未踏の領域に対する学術的挑戦であることを考えると、意欲作である証左とも考えることができる。

学術書ゆえか価格は高めだが、資料性と専門性を考慮すれば、研究者や愛好者にとっては間違いなく価値のある一冊と言えるだろう。ただし、この本を読破したからといってクレーンゲームが上手くなるわけではないので、それだけは勘違いしないように。

www.fukumura.co.jp

はじめに

本書は、その起源は海外であるものの、日本で独自の発展を遂げたクレーンゲームを学術的観点から記した内容である。考古学ならぬ考現学となっている所がポイントだと思う。

私(=eagle0wl)が持つクレーンゲームの(考現学的な)知識量については、私が過去に記した記事を参考にしてほしい。そのいくばくかの知識も踏まえて本書について言及したい。

eagle0wl.hatenadiary.jp
eagle0wl.hatenadiary.jp

※この記事は大幅な修正をせざるを得ない状況にあります。

本書の著者は、3月28日に放送されていたNHKの『最深日本研究 〜外国人博士の目〜』の「クレーンゲームを知りたい」に出演していたそうだ。私は本書の存在を知ってからこの番組を知ったので未見である(NHK+、NHKオンデマンドでも配信なし)。

www.nhk.jp

本書における理論的枠組みと歴史観

本書の冒頭では、クレーンゲームは日本中に偏在している一方で、3つの不在があることを挙げている。クレーンゲームは、ゲームセンターやアーケードゲームの歴史において極めて不完全にしか扱われていないこと(歴史的な不在)、日本の都市景観に偏在しているにも関わらず都市文化論や文化研究などの人文学的な文献に登場しないこと(現在的な不在)、ゲーム研究における既存の理論や概念に当てはまりにくい状況にあること(理論的不在)、とある。

これらの問題に対して、クレーンゲームをゲームとしてではなく、間メディア性(intermediality:あらゆるメディアは必ず他のメディアと相互に接続しており、その関係性、相互作用、相互参照がおこる現象と、その研究概念を指す)によるアプローチが試みられているのが本書である。

クレーンゲームの文化的側面を語るうえで、比較対象としてプリント倶楽部が挙げられている。プリント倶楽部は女子高生のサブカルチャーと写真文化の視点からその重要性が認められているのに、クレーンゲームにはそれがないと。いまやクレーンゲームはゲームセンターの売上の5割を占めているにも関わらず、である。

前述のように、私(=eagle0wl)はホビイストとしてクレーンゲームの研究結果を公開しているが、本書はその内容をほぼ網羅しており、多くの新たな発見を得ることができた。そして、公開済みの研究成果の大幅な修正に迫られている。特に、国産初の”クレーンゲーム”(自働販賣機)の特許が1931年に存在していたこと、1932年には「ケーキクレーン」(当時は菓子類のことをケーキと称していたらしい)と呼ばれるクレーンゲーム機が流行したものの、射幸心を煽るという理由で全面禁止になっていたことは全く知らなかった。

これは、当時の読売新聞や朝日新聞が流行を伝えた記事だけでなく、『菓子新報』という業界紙、取締りを行った山口県警の資料にも存在し、ケーキクレーンという童謡(児童雑誌『コドモノクニ』1932年11月号収録)まで存在しており、その歌詞と挿絵から間違いなく今日のクレーンゲームと同じものであることもわかるようになっている。

『コドモノクニ』1932年11月号の表紙
『コドモノクニ』1932年11月号の表紙 (東京社:現在のハースト婦人画報社

歌詞を見ると「一銭おくれと やつてくる。」「クレーンが お菓子(おくわし)を はこんでる。」とあることから、コインオペレートのクレーンゲーム機であることがわかる。ただし、時期的に考えて電動ではなく、ハンドクランクによる操作と考えられる。

『ケーキクレーン』の童謡の歌詞と挿絵
『ケーキクレーン』作詞:平野直/挿絵:深沢省三/出典:『コドモノクニ』1932年11月号(東京社)19-20ページ

※『コドモノクニ』1932年11月号は、国立国会図書館デジタルコレクションに収録されている。本書の公開範囲は国立国会図書館内限定となっており、オンラインで記事の閲覧はできないが、「ケーキクレーン(童謠) / 平野直 ; 深澤省三」の記述は確認できる。遠隔複写サービスには対応しているため、申し込むことでpdfデータを入手可能。
dl.ndl.go.jp

※国産初の”クレーンゲーム”(自働販賣機)の特許については、ウェブ上のソースが1件しか見つからなかった。

pachinko-tanjo.com

上記ウェブサイトでは特許出願者は「大對芳太郞」と記載されているが、本書では「大對芳太」の記載だった(p12、p86)。ChatGPTとGrokのDeepSearchでそれぞれ調査してみたが、戦前の出来事で資料も少なく、デジタル化もされていないためか、出典元が非常に限られているようだった。ChatGPTでは「公報では旧字体で「大對芳太郞」となっていますが、現代の表記では「大対芳太郎」とも」、Grokでは「大對芳太郞(大對芳太とも記載される)」「発明者は大對芳太郞(大井 蛍太郎)で」というように曖昧な結果しか得られなかった(ChatGPTによるDeepSearchでは当ブログも出典元になっていて笑った)。

参考:ChatGPTによるDeepSearchの結果
chatgpt.com

参考:GrokによるDeepSearchの結果
https://x.com/i/grok/share/VOI2ee3ErqLMzzk5Z5NZarHze

また、同時期の海外の話になるが「クレーンゲームが「適切な金額を投入すれば獲得できる」「腕が上手ければ獲得できる」または「運が良ければ獲得できる」のどれに当たるのかが分かりにくい。」(p107)といった問題が、1930年代の時点で議論の対象になっていたことには驚きである。そう、全く進歩していないのである。

本書によると、日本におけるクレーンゲーム史を記した既存の文献は、権威者から発せられた物語として構成されており、資料を整理すると歴史的な誤りを含むだけでなく、時には矛盾をはらんでいる(p110)としている。

まず、日本のアーケード業界における国産初のクレーンゲームは1965年に登場したことになっているが(私のブログでもそう書いている)、1965年にリリースされた”国産初”のクレーンゲーム機がある程度普及したことを事実としつつも、この時代の参照可能な資料がほぼ存在しておらず、どういった景品が使われ、どのような場所に設置されていたのか、ユーザー層はどうだったのか、どれほど流行していたのか、セガ太東貿易(=タイトー)が当時販売していた機械のなかでどれだけ成功したのか、そういったクレーンゲームの成功を計ることのできる統計・データ・資料が一切ない事を挙げて、1960年代に起こったとされる第一次クレーンゲームブームは、本当にブームと呼べるものだったのかと疑義を呈している。

そして、前述したように1932年のケーキクレーンの存在が無視されていることから、1930年代のブームと1960年代のブームが断絶されていることを指摘している。

UFOキャッチャーの登場を契機に1980年代後半にあったとされる第二次クレーンゲームブームについては資料はあったとしつつも、1990年代とそれ以降の時代においては、既存の研究で最もカバーされていない領域であるとしている。アーケードゲーム史としても、対戦格闘ゲームなどのビデオゲームの時代として総括されており、クレーンゲームのことが完全に無視されている。2000年代に入ってもクレーンゲームが全く扱われないか、具体的な年号や出来事などもないとしている。

これらの指摘を踏まえて、既存の資料では、1960年代は第一次ブームとして、1980年後半は第二次ブームとして焦点が当てられているが、そのせいで黎明期である1930年代と、実際にクレーンゲームが普及し市場が拡大していった1990年以降の出来事が見落とされているという問題提起が行われている。

これは、私(=eagle0wl)がクレーンゲームの歴史を書くうえで感じたことと全く同じである。資料らしき資料はろくに存在せず、あったとしてもそれはキャラクターグッズの紹介であったり、それらしい資料を見つけてもよく読んでみると勝者の歴史観で語られる検証不可能なポジショントークばかりであったことを思い出す。例えば、第二次ブームではセガアンパンマンのライセンスを獲得してぬいぐるみを投入したことで人気に火がついた、2000年代においてはONE PIECEのエースのフィギュアで人気に火がついた、という説明があるが、検証可能な二次資料が存在しないので、業界側の主張に対して懐疑的になってしまうのである。近年であれば、初音ミクのプライズフィギュアはコンスタントに出続けているので、定番プライズになっていることは肌感覚では間違いないと思うのだが、それを裏付けるデータがないので、その論は留保せざるを得ないのである。

業界紙である「ゲームマシン」「コインジャーナル」「アミューズメント・ジャーナル」は参考にはなった。洋書だと1930~40年代のブローシャー(チラシ)を集めた「Antique Arcade Game Ads - 1930s to 1940s」と「Antique Arcade Games: Mike Munves 1939-1962」というペーパーバックも参考になった(このペーパーバックは10年以上前に定価で購入したが、現在はアホみたいに値上がりしている)。しかしながら、一次資料と呼べるものは、筐体のブローシャーと筐体マニュアルぐらいであった。産業史あるあると言えばそれまでなのだが、アーケード業界の稼ぎ頭であるにも関わらず、文化的には軽視、あるいは黙殺されていることを強く感じるのである。それはまるで、お金儲けは大好きだが業界史にはあまり関心のないパチンコ業界のようである(誤解のないように書くと、パチンコはもともと庶民の娯楽であり、庶民の熱量で進化していた時期があるため、打ち手目線の歴史資料は多くある)。

そのような中で、本書は歴史の連続性と断絶を解き明かし、歴史の再構築が試みられている。



長々と書いてしまったが、これで全体の1/3である。これ以上書くと書評ではなくなってしまうので、より深く知りたい方には、ぜひ本書を手に取っていただきたい。


余談

書評とは関係のないことだが、筆者と関わりの深い(?)ヨーヨーの記載を見つけたので該当部分を引用する(p83)。

(引用者註:クレーンゲームを指して)アメリカの業界紙では、恐慌の時期に利益を上げるためのビジネスとしての有効性を強調する傾向が強いが(中略)フランスの日刊紙には、逆にクレーンゲームをブルジョア的気晴らしであり、怠惰で寄生的であると非難する評論家もいる。例えば『L'Esprit, revue internationale』の1934年12月号の中で、クレーンゲームは「つけまつげ、ヨーヨーとクロスワードパズルと並んで、完璧なブルジョア階級の装備がお揃いになる」と記述されている(Esprit, revue internationale, 1 décembre 1934, p.23)。

なぜここにヨーヨーが含まれているのかというと、2年前(1932年)にロンドンで世界初となるヨーヨーの世界大会が行われていたからだと思われる。


クレーンゲームの歴史(国内編)|風営法との関係と進化の記録【2025年改訂】

20250731 年表に拳銃の話を追記

この記事では、日本のクレーンゲームの誕生から進化、法規制、オンライン化までを、業界史と制度の両面から網羅的に解説します。

追記:

本エントリでは1965年にリリースされた3機種を「日本初のクレーンゲーム」として紹介していますが、実際には1932年のものが日本初のようです。詳細は以下の記事にまとめています。
eagle0wl.hatenadiary.jp

おことわり

この記事は、2017年に公開した以下の記事の改訂版です。主に文章の再構成と、2017年以降の出来事を追記しています。

eagle0wl.hatenadiary.jp

改定前の記事の前編にあたる記事は以下を参照してください。
eagle0wl.hatenadiary.jp

目次

  • 追記:
  • おことわり
  • 目次
  • はじめに
  • 日本のゲーム場
  • 日本初のクレーンゲーム
    • さとみ工業(サミー)『Sammy Crane(サミークレーン)』
    • セガ『SKILL DIGA(スキル・ディガ)』
    • 太東貿易(タイトー)『Crown 602(クラウン602)』
  • 日本初のクレーンゲーム登場後
  • UFOキャッチャーの登場
  • 風営法の管理下に入ったゲームセンター
  • 風営法を改正させた警察側の理屈
  • クレーンゲームブームの起こり
  • 様々なクレーンゲーム
    • 1986年、ナムコ「スウィートランド」
    • 2001年、コナミ「ヒエヒエペン太」
    • 2008年頃、アトラス「トリプルキャッチャーアイス
    • 2000年、ユーエス産業「サブマリンキャッチャー」
    • 2001年、セガ「UFOキャッチャー7」
    • 2004年、ナムコ「クレナ・フレックス」
    • 2010年、UFOバランスキャッチャー
    • UFOキャッチャー(正式名称不明)
  • 風営法の解釈の変移
    • 景品の上限金額の変移
    • クレーンゲームは触法機種?
    • クレーンゲームから払い出される物品は一体何?
    • なぜゲームセンターで賞品を提供することはできないのか
    • なぜぱちんこ・パチスロ店だけが賞品提供を許されるのか――「既得権益」の歴史的背景
  • 新型コロナウイルス感染症とゲームセンターの危機
  • オンラインクレーンゲームの台頭
  • いわゆる「確率機」への批判
  • 参考資料
  • 付録:年表(国内編)

はじめに

今回は、日本のアミューズメント施設の顔役であり、商業的に成功を収めた一方で、文化的意義については十分に評価されてこなかった「日本の」クレーンゲームの歴史を記す。

このエントリは、いわゆる景品の取り方講座のようなハウツー動画の類ではない。

今回のエントリで扱うクレーンゲーム機は、ここでは「プレイヤーがクレーンやアームを操作して、筐体内のプライズを直接あるいは間接的に払い出し口まで運び出すことを目的とするゲーム機」と定義する。クレーンゲーム機を除く「プライズ機」はここでは扱わない

日本のゲーム場

日本中にあるゲームセンター、アミューズメント施設の誕生と発展は、風俗営業法などの日本の法律と密接に関わっている。

1940年7月、第二次世界大戦が近づくにつれ「ぜいたくは敵だ」という風潮が強まり、娯楽や遊びに関するものが奢侈品(しゃしひん=ぜいたく品)とみなされる「奢侈品等製造販売制限規則」により、遊戯機器がすべて生産中止になり、設置運営もできなくなった。これがゲーム機に関する日本初の法規制であるとされている。

1945年8月、日本は敗戦を迎えたが、1960年代から本格的な高度経済成長期に突入する。その象徴の一つである「東京オリンピック」は1964年に開催されたが、日本のクレーンゲームにおいて重要な年は、翌年の1965年となる。

クレーンゲームと密接な関係にある出来事として、1971-1972年にピークを迎えたボウリングブームがある。1973年のオイルショックの影響で沈静化するが、筆者の母上曰く当時4~5時間待ちを経験したらしい。ボウリング場に併設されているゲーム機で時間をつぶす客によって、ゲーム場がさらに活気づくことになった。
www2.nhk.or.jp

日本初のクレーンゲーム

1965年、国産初となるクレーンゲームが3つもリリースされる。

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