結論から述べると、現行の日本の法律の下でこういった表題で、自分が求める解像度(重要)で記した書籍を出版・公開できるのか、という懸念が自分の頭の中でグルグル回っているところである。
『プロテクト技術解剖学』(舩本昇竜・著/すばる舎)という書籍がある(電子書籍化はされていない)。

この書籍には、VHSやMDといった家電製品や、パソコン用の記録媒体、CDやDVDといったメディア、シリアルナンバーによるライセンス認証、古典暗号や現代暗号、当時の法規制の話などがまとめられている。特にパソコン用の記録媒体については、カセットテープ、フロッピーディスクの時代から記述がある。
この本が出版された当時、書名に惹かれて読んだのだが、記録媒体がカセットテープだった頃のコピープロテクトは全く知らなかったので、逆に目新しく映った記憶がある。自分にとってコピープロテクト技術はコンピュータ技術の原体験でもあるので、非常に興味深く読むことができた。
ただ、本書が出版されたのは2002年であり、20年以上前のことである。その頃のコピープロテクトのトレンドを振り返ってみると、Windows XPに搭載されて注目を集めたオンライン認証「アクティベーション」や、PCへのリッピングを防ぐために音楽CDに搭載された悪名高い「コピーコントロールCD」、Windowsをセキュリティ面で脆弱にするCD-ROM用コピーガード「Alpha-ROM」あたりが想起できる。
そこから現在に至るまでに、様々なコピープロテクトが生まれては消えているが、iTunes Music Storeの登場や有料のストリーミング配信、電子書籍プラットフォームの乱立と収束、これらには何らかのDRMがかけられている(いた)。新たな契約形態としてのサブスクリプションモデルも見過ごすことはできない。本書では取り上げられていない家庭用ゲーム機におけるコピープロテクトも、社会影響度という意味では重要なトピックスである。
ということで、この本の令和最新版が出ないかなあと思うことはあるし、なんなら自分で書いてみるしかないとも思っているのだが、いくらかの課題に直面している。
まず、自分はフロッピーディスク時代のプロテクトは世代ではないので全くわからない。ヤフオクなどで当時の書籍や雑誌などをチマチマ集めているが、技術的な理解が追いついていない。ただ、この時代の話に詳しい方はまだ健在なので、時間は限られているがなんとかなりそうな気もする。
次に、プロテクト技術は現代暗号と違って、技術詳細を隠すことが安全性に繋がっているため、情報収集が難しいということである。現代暗号ならいくらでも解説が転がっているが、近代的なプロテクト技術となるとインターネットのアングラ文書やフォーラムしかないのではないかと思う。
また、筆者はコピープロテクトを外す方も掛けるほうも少なからず関わっているので、当事者色の強い領域については誰よりも詳しく書けるが、むやみに口外するわけにもいかず、書くことが憚られるというジレンマがある。
最後に、現行法の問題がある。筆者も法令のことは理解できていない部分があるが、コピープロテクト、DRMを外す行為自体が(その強度や実装に関わらず)現在では触法行為になっている(不正競争防止法、著作権法)。
ここからは筆者の曖昧な推測になるが、商業製品にかけられているDRMを外す行為自体はまずいが、DRMの技術詳細を記すことは犯罪なのかという疑問がある。これを言い出すとWizard Bible事件が想起されるが、これは不正アクセス禁止法なのでまた解釈が違うと思うのである。そもそも自分は『クラッカー・プログラム大全』と『クラッキングバイブル』の著者の一人であるが、これが出版されたのは不正競争防止法と著作権法にクラッキング禁止の改正がされる前の話である。改正後も同じような本を問題なく出せるのだろうか。
とはいえ、アメリカのDMCA(デジタルミレニアム著作権法)のように、権利者側の政治的圧力で制定されたこともあってガチガチの内容であったが、表現の自由や技術研究、フェアユースなどと衝突するため、法改正により例外が設けられた経緯があることは知っている。
問題は日本の法律ではどうなっているかである。ChatGPTに聞いてみたが、研究目的では技術的保護手段の解除自体が認められることもあるらしい。自分がやりたいのは解除そのものではなく、技術史として記録・紹介することなので「どこまで具体的に書いて良いのか」という、それだけの問題のような気もする。
もし制約が厳しいのであれば、日本国内から日本語で発信するのはやめて、海外在住の日本人が英語で発信するというテイにしなければならないのかもしれない。というか、この手の技術は、このまま歴史の闇に葬り去ったほうがいいのかもしれないと思うこともある。非常に難しい。
Xのフォロワーから教えてもらったことだが、2024年末に『Oldschool Cracker Vol. 1』というコモドール64のクラッキングチュートリアルのPDFが公開されたようだ。
2024年末、C64シーンから『Oldschool Cracker Vol. 1』というクラッキング・チュートリアルが出版された。PDFで100頁以上、Papermagに分類されているが軽書籍並のヴォリューム。こちらはBBSやメールで一般にやり取りされてきたであろう内容が、実際のソフトを対象に(!)手順を追って記述されている。 https://t.co/ZTbPIb3YN4
— 赤帯 Takashi Kawano (@aka_obi) 2025年2月14日
100ページほどもあるが、BBSやメールで一般にやり取りされてきたであろう内容が、実際のソフトを対象に手順を追って記述されている。
これをやっていた世代が50歳を超えているので、こうした試み(?)もちらほら出ているのかもしれない。